Soja=醤油
フランス語で醤油は«sauce soja(ソース ソジャ)» 、直訳すると「大豆のソース」である。
ただし、実際のところフランス人は醤油のことを«soja(ソジャ)»と呼ぶことが多い。
つまり大豆そのものだ。
実は伝統的で家庭的なフランス料理では豆類をよく使う。
白いんげん豆をたっぷり使ったカスレ、レンズ豆の煮込みの他、いんげん豆の塩茹は肉、魚料理の定番の付け合わせだ。
えんどう豆の鮮やかな緑色は、春を待ちわびるフランス人が愛する色彩だ。
ただ、大豆という豆が伝統的なフランス料理ではいまいちぴんとこない。
むしろ«soja(大豆)»という単語は、最近のフレンチでは料理のアクセントやソースの材料に使われる«sauce soja»、つまり醤油そのものを指すことが多い。
世界の日本食ブームの牽引役であった寿司は、その相棒の醤油をも世界に広めることになった。
醤油という調味料はもはや日本人だけのものではなく、すでに世界中で使われるようになっている。
醤油の香り、味わい
日本で暮らしている場合、あまり長い間醤油の香りや味わいから全く切り離されて生活することは実は困難だ。
というのも、お刺身に醤油、サラダには醤油味の和風ドレッシング、ステーキにはポン酢…おやつのお煎餅だって醤油味なのだ。
そんな日本人が、突然醤油を絶たれた場合どうなるのか。
これは留学生時代の筆者の実体験である。
当時、筆者はフランスの地方都市リヨンでホームステイ生活を送っていた。初めての長期の海外生活、しかもステイ先のマダムが作る食事付き。
まさにフランスな食生活を謳歌していたのだが、暮らし初めて一ヶ月経った頃にある衝動に駆られた。
「角煮を食べたい!!!」
ある日突然、あのこってりした、甘辛い醤油味の料理が恋しくて仕方なくなってしまったのだ。
そこで私は、まだまだ上手くないフランス語をなんとか駆使して、ホストマザーに「明日は私が料理を作る!」と宣言。学校帰りにスーパーで豚のバラ肉、キッコーマンの醤油を買った。
その日の夜、私は一月ぶりに醤油の香りと味を堪能でき、その上ホストファミリーにもこの醤油味の料理は大変好評だった。
今思うと、あの衝動は角煮が食べたかったわけではない(というのも、別に日本にいた頃も今も、角煮が好物なわけではない)。
きっとあの時は、とにかく醤油の味と香りが恋しくてたまらなかったのだ。
さて。今さら気づいたことだが、あの時家の近所のスーパーに、普通に醤油が売られていたことは本来もっと驚くべきことである。
当時私が住んでいたのは地方都市リヨン、中心地から離れた郊外で、おそらくあの地域に日本人はほとんどいなかった。そんなフランスのちょっと辺鄙な場所でも、日本のキッコーマンの醤油はしっかり棚の一角を占めていたのだ。
フランスの家庭に浸透する醤油
私はリヨンから出て行く時、この醤油はホストファミリーのキッチンに置いて行くことにした。
というのも、マダムが醤油の活用方法に興味を持ったらしく、その後時々醤油を使った料理が食卓に登場していたからだ。
それまでマダムは、多くのフランス人同様、醤油は寿司専用のソースだと思っていた。
実は万能調味料で、角煮をきっかけに色々な使い道があることに気づいたらしい。
そんな具合に、日本生まれの醤油は、その魅力をもって世界のキッチンに着実に浸透しつつある。
フランスのレシピ検索サイト «Marmiton»でsauce soja(醤油)をキーワードに検索すると、10000件以上のレシピがヒットする(2018年2月現在)。
照り焼き風の料理のほか、鶏肉のクリーム煮の香りづけに醤油を使うレシピもある。
魚料理やサラダのドレッシングに使っているフランス人もいるようだ。
フランス人に最も身近なのがキッコーマンの醤油だ。
日本食に詳しいフランス人は、美味しい日本の醤油といえば«Kikkoman»だと知っている。
現在、私の住むパリでは、小規模なスーパーでも必ずキッコーマンの醤油が売られている。
広い大型スーパーには、なんとスタンダードな醤油だけでなく減塩タイプの醤油まで揃えていることもあるから驚かされる。
フランスでは、フランス人が買い物に来るスーパーで、キッコーマンの醤油が並んでいることはもはや当たり前の光景になった。
唯一無二の調味料
2017年11月13日、パリのフェランディ調理師学校で行った料理講習会では、キッコーマン醤油の協賛をいただき、生徒として参加した全員にキッコーマン醤油が配られた。
我々はその醤油の万能さを実感してもらおうと、みたらし団子のデモンストレーション、試食を実施した。
生徒である料理人、ジャーナリストといった食のプロたちにとっても、醤油を使ったデザートというのはとても新しいものだったようだ。
醤油は、その味も香りも、役割の万能さも含めて非常にユニークな調味料だ。
しかも良い意味で中毒性があるのか、筆者はたった一ヶ月切り離されただけで耐えられなくなってしまった。
ちなみにフランス語で、«unique(ユニーク)»とは、唯一無二、他にはない存在のことを指す。この言葉はフランスでは、人柄や作品に対する最高の褒め言葉である。
醤油もまた、日本が生んだ最高の作品の一つなのだ。
執筆者:古賀めぐみ フランス・パリ在住、日本料理文化交流協会、調理実習通訳者
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